Recruit Data Blog

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目次

リクルートのデータ推進室長 野村が自ら聞き手となり、現場の最前線で試行錯誤を続けるスペシャリストたちの「手の内」を紐解く連載企画。

第4回のゲストは、2021年に新卒で入社した機械学習エンジニアの今野颯人です。学生時代は自然言語処理の研究に没頭し、博士課程への進学も考えていた彼が、どのような思いでビジネスの世界へ一歩を踏み出し、リクルートという場に辿り着いたのか。現在シニアプロフェッショナルとして奮闘する彼に、これまでの歩みを聞きました。

多様なプロダクトの現場を次々と横断し、圧倒的なスピードで成果を出し続けてきた彼の「タフな環境への適応力」、高い生産性を支える「シミュレーション思考」、そして迅速な意思決定で自前SLMホスティングに挑む技術的探求心の裏側に迫ります。

〈プロフィール〉

今野 颯人
2021年リクルートへ新卒入社。東北大学工学部電気情報物理工学科を卒業後、同大学院(情報科学研究科 乾・鈴木研究室 )にて自然言語処理を専攻。修士2年時に国際学会「EMNLP」に論文が採択される。入社後は『リクナビ』『じゃらんnet』『SUUMO』『カーセンサー』などのデータ活用や基盤構築を推進。現在はシニアプロフェッショナルに任用され、生成AI、中でもSLMを活用した次世代プロダクト開発の技術責任者を務める。

野村 眞平
株式会社リクルート データ推進室 室長。ベンチャー企業で経験を積んだ後、リクルートへ。入社後は住まい事業領域で集客最適化やレコメンドシステムの構築、マーケティング分析などを担当。以降はリクルートグループにおける複数の事業会社/機能会社におけるデータ組織を統括し、ユニット長や執行役員を歴任。2021年のリクルート統合後は、データ推進室VP(Vice President)を経て2025年より現職。

💡 あわせてご覧ください
本連載の聞き手であるデータ推進室長・野村が、これまでの自身のキャリアや、リクルートのデータ組織が目指す未来について語ったインタビューはこちら。
👉 【インタビュー】データ推進室長・野村眞平が語る、リクルート流データ組織の現在地

自社データへの「手触り感」を求めて、研究から事業の「当事者」へ

野村: 今期からのシニアプロフェッショナル任用、おめでとう!今野くんは学生時代、自然言語処理の権威である乾研究室に所属し、修士1年で国際学会に論文が採択されるなど、絵に描いたような研究者エリートの道を歩んでいたよね。当然博士課程に進むつもりだったと聞いたけれど、なぜリクルートへの就職を決断したの?

今野: 学生時代は日本語の省略に関する「ゼロ照応解析」という、かなりコアな言語処理の研究に没頭していました。実験を繰り返す毎日の中で国際学会へも採択され、博士号を取得するための主要な要件も修士時点で目処が立ったので、当時の自分には「就職」という選択肢は1ミリもありませんでした。そのまま研究者になるものだと、疑いもなく思っていたんです。

野村: そこから何か心境の変化があった?

今野: 修士1年の夏、軽い気持ちでリクルートのインターンに応募したのが転機でした。現場に飛び込むと、出会う社員全員がすごい熱量で仕事に取り組み、「もっと面白い価値を世の中に届けたい」という意欲に満ちていたんです。そのエネルギーに触れ、「自分が培ってきた知見や技術を、この熱量の中で社会に実装していく方が、より大きなワクワクがあるかもしれない」という気持ちが芽生えました。

野村: そうなると、先生方からの引き留めもすごかったんじゃない?

今野: はい。毎日のように葛藤していました。そのどん底の時に、当時准教授だった 鈴木潤さん が投げかけてくれた言葉が決定打になりました。

「今野くんは、大きな橋を作った時に『僕が作ったんだ』と名前を刻みたい人間か。それとも、名前が歴史に埋もれてもいいから、ただ橋を作ること自体が好きな人間か。どちらなんだ?」

野村: 「名前を残すか、ものづくり自体を楽しむか」。深い問いだね。

今野: 僕は中学校の頃に脱出ゲームを自作していたという経験が原点にあり、自分の名前を歴史に刻むような論文を書くことよりも、 「コードを書き、システムを構築し、動くものを完成させる」行為自体にワクワクする人間だと気づかされました。それなら、リクルートの膨大なデータとビジネスアセットがある環境で、世の中にダイレクトに届くものづくりに時間を投資した方が圧倒的に面白いと確信したんです。

2年目で放り込まれた激動の環境。ビジネスと技術を繋ぐフィードバックサイクル

野村: 入社後は旅行領域に配属され、2年目からHR領域のプロジェクトも兼務することになった。組織のカルチャーに違いはあった?

今野: 全く違いました。旅行領域は落ち着いて検証を進める文化でしたが、HR領域は「早く価値をリリースして市場の反応を見たい」という熱量が先行する場所でした。アサイン当時はちょうど1ヶ月後に本番リリースが求められるタイミングというタフなプロジェクトでしたが、「これほどのプロたちがこのスピード感で仕事をしているなら、自分も早く馴染んで同じ速度で走ろう」とすんなり腹を括れました。

野村: その適応力は素晴らしいね。エンジニアとしての視点に変化はあった?

今野: 視野がかなり広がりました。それまでは「システムを作ること」に視野が閉じていましたが、HR領域では「作った仕組みが現場でどう活用され、いかに求職者の行動が変わり、事業の成果としてどう返ってくるか」という全体のフィードバックサイクルを設計する視点が求められました。ビジネス企画担当と「本質的な課題はどこか」を徹底的に議論するプロセスは本当に勉強になりました。

秘伝のタレをdbtで仕組み化。『SUUMO』の属人化を打ち破る突破力

野村: 4年目からは住まい領域と自動車領域の兼務へシフトしていくけれど、「属人化」の壁にぶつかったこともあったよね。

今野: はい。あるプロジェクトで運用されてきたデータ活用のロジック検証が、個人のJupyter Notebook上だけで行われ、手順が職人の頭の中にあるという状態もありました。定期学習が自動で回せない、個人の卓越した頑張りを中心に維持されているという、いわば“秘伝のタレ”になっていたんです。

野村: そんな状況をどう変えていったの?

今野: 愚痴を言っていても生産性がないので、まずは膨大なコードを読み込み、裏側のデータ構造を力技でキャッチアップしました。そしておおむね全体を理解したら「この状態は絶対に良くない」と提案し、属人化しやすい部分を整理して、データセット構築のパイプラインにdbt(data build tool)を導入しました。そしてチーム全体の成果を上げられるよう、パイプラインの使い方を整備し、これからのモデル開発を円滑にすることを心がけました。

野村: まずは地道に正面から向き合った、と。dbtの導入で何が変わった?

今野: データの変換ロジックをすべてコードとして一元管理し、誰が実行しても同じデータマートが担保される仕組み化を徹底しました。結果、開発の再現性とスピードが向上し、今は「このデータでCVRを上げてほしい」という、より本質的なビジネスの要望に向き合えるフェーズに移行しています。

ワンオペの危機を乗り越えた苦い経験と、崖っぷちから生まれた「シミュレーション思考」

野村: こうしてサラッと話すとなんてことないように見えてしまうけど、正面から全体を理解し、既存の負債を恐れず環境を整えるというのは、並大抵のことではない。そんな突破力のある今野くんだけど、「正直大変すぎた」と思った経験はある?

今野: ブラックボックス化しかけているシステムの保守改善案件ですね。絶対に止めてはいけない緊張感の中、必死に構造を解き明かした結果、「あそこは今野に聞けば全部分かる」と問い合わせが僕に集中し、今度は僕自身がボトルネックになりました。期せずして生まれた属人性ゆえ、後から加わったメンバーにも自身の存在意義を感じてもらうことができず、状況改善が進まないという過酷な状況が続きました。急成長の裏にある負債の縮図でしたが、よくやり切れたなと思います。

野村: 属人化を解消するはずが、罠にハマったんだね…。今野くんはそんなハードな環境も含め、複数の主要プロダクトを兼務しながら圧倒的なタスク量をこなしてきて、なのにめちゃくちゃ長く働いているわけでもないというのはなんでだろう?以前、「手を動かす時はすでに脳内でシミュレーションが終わっている」と言っていたのが印象的だったけれど。

今野: 僕は常にトップを走るような天才ではなく、周囲を観察し努力して這い上がるタイプなんです。原点は大学院の院試なんですが、当時周りは試験免除の天才たちばかりで、僕は圧倒的な高得点を出さないと研究室を追い出されるという、完全に崖っぷちの状態だったんです。そこで、歩いている時やお風呂に入っている時など「手が動かせない時間」に、脳内で完全にロジックを組み立てる訓練を徹底しました。

野村: 席につく前に頭の中で勝負を決めておくわけだ。

今野: はい。脳内で100%シミュレーションが完了した瞬間に席に座り、一気に紙に書き写す。仕事でも同じで、複雑なアーキテクチャ設計も事前に脳内で完了させておくからこそ、実装フェーズでは迷うことなく一本道の作業としてコードが書けるんです。PCの前で悩みながら時間を長引かせても良いアウトプットは出せないという恐怖感があるからこその、いわば生存戦略ですね(笑)。

応答速度800ミリ秒への挑戦。『カーセンサー』×自前SLMで描く未来

野村: そのエンジニアリング力を全開にして取り組んでいるのが、『カーセンサー』における次世代プロダクト開発だよね。

今野: はい。従来のスペック検索ではハードルが高い方(例:「スライドドアで安全な中古車が欲しい」というような、まだ詳細まで言語化されていない要望を持つ方)に向けたアプリ『カーセンサープラス』を立ち上げました。その核として、AIがアプリを使っている人の嗜好に寄り添って車の特徴を教えてくれる「Explainer」という機能をリリースしました。

野村: 何が技術的に突出しているの?

今野: 一般的な外部LLMのAPI経由だと5秒以上のタイムラグが生じ、ユーザー体験として致命的です。かといって在庫がリアルタイムで変動する中古車領域では、事前バッチ処理では追いつきません。そこで、自社で構築された数億〜数十億パラメータ規模の「SLM(小型言語モデル)」を、社内インフラに直接ホスティングするというアーキテクチャを選択しました。

野村: インフラ面でもかなりのチューニングが求められたんじゃない?

今野: モデルの軽量化と推論処理の最適化を極限まで突き詰めつつ、インフラやデータエンジニアリングを支えるメンバーと密に連携することで 通常5秒かかる推論を800ミリ秒で返すリアルタイムシステムを実装しました。

学生時代から言語モデルの研究自体には馴染みがありましたが、こうして大規模な実プロダクトに組み込み、ミリ秒単位の応答速度をチームで突き詰めることには、ビジネスの現場ならではのシビアさが伴う面白さがありますね。

野村: 挑戦の幅がどんどん広がっているね。ちなみに「今後こうなるといいな」と思っていることはある?

今野: 「UI/UX自体が、ユーザーのリアルタイムなアクションによって動的に最適化される世界」を実現できたらいいなと思っています。A/Bテストで人間が画面を選ぶのではなく、過去の行動ログや瞬間の文脈に合わせて、裏側の機械学習モデルとフロントエンドが完全に連動し、ユーザーの数だけUIそのものを自動生成・最適化していくような次世代のプロダクト開発。そんな事ができたら、面白いですよね。

役割の境界線を越えて「並走」する覚悟

野村: そういえば直近で、自分自身の「役割の定義」について葛藤したエピソードもあったと聞いたけれど。

今野: はい。ある重要プロジェクトにて、プロジェクトが加速していく中で、事業計画や目標達成への具体的なロードマップを、もう一段具体化して強固にするフェーズを迎えていた瞬間があったんです。 その時先輩から、「もっと上流検討においても主体的に入り込んで見てほしい」と指摘されました。しかし僕はあくまで機械学習エンジニアです。他の職域に踏み込んで、推進力を損ねるのではないかと悩みました。

野村: 他の人の専門性も大事にしたいからこそ悩んだんだね。どう答えを出したの?

今野: 先輩方が「役割の境界線を自分で勝手に引いて小さくまとまるな。目的はプロジェクトを成功させて価値を届けること。たとえ職種が違っても、一緒に『並走』するイメージで動けばいいんだ」と言ってくださって、目の前が開けました。

野村: 確かにそうだね。避けるべき不幸は「自分の役割はここまで」と線を引いてプロジェクトが失敗すること。案件を最速で成功させるために、思いやりを持って「並走」しに行けばいい。

まさに今野くんが今話してくれたような、役割の境界線を自ら越えていけるスタンスこそ、これからのデータ組織が求める姿だと思う。今野くんにはそのエンジニアリング力を最大の武器にしながら、ビジネスそのものを牽引する存在として、さらに高い視座を持って引っ張っていってほしい。

今野: はい。僕は機会損失が嫌いで、「これやってみる?」と言われたことを断ったら、二度とチャンスが来ないかもしれないと考えています。だから、他職種との並走や期せずして携わってしまった過酷な案件や、そして失敗経験にしても、「そこから新しく何を学んで自分のスキルにできたか」と思ってるんです。

だからこれからも「機械学習エンジニア」という役割の枠に閉じこもるつもりはありません。どんな変化の激しい局面でも学べることはどんどん吸収し、次世代のプロダクトを構築していきたいです。

技術で、ビジネスを動かす手応えを求める方へ

リクルートのデータ推進室には、今野のように「卓越した専門性を持ちながらも、役割の境界線を自ら取り払い、現実のビジネスにインパクトをもたらす」ことを目指す若きスペシャリストたちが集まっています。

ここには大規模なプロダクトアセットやインフラ環境、そして解くべき複雑な問いが揃っています。技術の力で、ビジネスのゲームチェンジを起こしたい。そんな意識を持った方の挑戦を、私たちは心からお待ちしています。

藤田 絵理

広報

藤田 絵理

技術広報、プロダクト開発組織向けのインナーコミュニケーションを担当しています。